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仙台地方裁判所 昭和51年(ワ)328号 判決

原告 西友企業株式会社

被告 国

代理人 山田巌 大衡淳夫 角田春雄 ほか二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判 <略>

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1(一)  原告は、肩書地において不動産業及び金融業を営む会社であるが、昭和四八年八月下旬頃、訴外渡邊利夫より「自分は佐々木はしめの息子佐々木進である。自分は佐々木はしめより代理権を付与されているので、佐々木はしめ所有の別紙物件目録記載の不動産二筆(以下、「本件不動産」という。)を担保とするから佐々木はしめに一、五〇〇万円を貸与してくれないか。」との申込を受けてこれを承諾し、同年八月三〇日、本件不動産につき仙台法務局昭和四八年八月三〇日受付第七五六九二号をもつて極度額二、五〇〇万円の根抵当権設定登記を受けた上、右渡邊に対し、借主佐々木はしめ名義で一、五〇〇万円を同年一一月三〇日までに返還を受ける約で交付したが、右弁済期を過ぎるも佐々木はしめから右金員の返還を受けられなかつた。

(二)  ところで、右は、佐々木はしめの娘婿である前記渡邊利夫が、佐々木進の偽名を用いて、しかも佐々木はしめから金員借用及び根抵当権設定の代理権を付与されていないのに拘らずこれらの権限を付与されていると偽り、原告から前記一、五〇〇万円を騙取したものであることが後に判明したが、原告が右金員を騙取されるに至つたのは次の様な事情によるものである。

すなわち、渡邊は、昭和四八年八月一四日仙台市役所から佐々木進の印鑑証明書の交付を受け、右印鑑証明書の氏名欄「佐々木進」を「佐々木はしめ」に、生年月日欄「昭和17年4月7日生」を「大正3年1月27日生」に書換え、さらに印鑑押捺欄の佐々木進の印影を×印で抹消し、その上段に佐々木はしめから盗取した同人の印鑑を押捺して、佐々木はしめの印鑑証明書を偽造し、同月三〇日原告に対し、右偽造した印鑑証明書、佐々木はしめから盗取した印鑑及び本件不動産の権利証、並にこれまた渡邊の偽造に係る佐々木はしめ名義の根抵当権設定登記の委任状及び佐々木はしめ名義の担保提供承諾書を交付したので、原告は、右印鑑及び右各書面がいずれも真正なものであると信じ、且つ、渡邊が佐々木はしめから金員借用及び根抵当権設定の代理権を付与されているものと信じて、前記根抵当権設定登記を申請し、その登記終了後渡邊に対し一、五〇〇万円を交付するに至つたものである。

2(一)  而して、前記根抵当権設定登記の登記申請に際し添付された書面は、前記のとおり渡邊が偽造したものであり、殊に右書面中、佐々木はしめの印鑑証明書は偽造されたものであることが一見して極めて明白であるにも拘らず、仙台法務局登記官は、右印鑑証明書の偽造を発見することができずに、前記根抵当権設定登記を終了せしめたものであるが、原告が渡邊に金一、五〇〇万円を騙取され、且つ佐々木はしめから根抵当権設定登記抹消登記手続請求の訴(仙台地方裁判所昭和四八年(ワ)第七〇八号)を提起され、昭和五〇年一二月一五日原告敗訴の判決が言渡された(昭和五一年一月二九日確定)のは、登記官の登記申請受理に際し要求されるいわゆる形式的審査義務の履行を怠つた過失により右登記を終了せしめたことによるものであつて、もし登記官の右過失がなかつたなら、前記根抵当権設定登記は実現しなかつたはずであり、右登記がなされなかつたなら原告も渡邊に金員を交付しなかつたであろう関係にあることは極めて明らかである。

(二)  したがつて、原告は、公権力の行使にあたる公務員たる仙台法務局登記官の右過失に基づく違法な行為によつて渡邊から金一五〇〇万円を騙取され右金額の損害を蒙つたものであるから、被告は国家賠償法一条に基づき、原告に対し、右損害を賠償する責任がある。

3  よつて、原告は被告に対し、原告が渡邊に騙取された金員相当の損害金一、五〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和五一年四月二八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告の認否 <略>

第三証拠 <略>

理由

一  原告が不動産業及び金融業を営む会社であること、昭和四八年八月三〇日仙台法務局において、本件不動産につき原告主張の根抵当権設定登記が受付けられ、その旨の登記がなされたこと及び原告が訴外佐々木はしめから右根抵当権設定登記の抹消登記手続請求の訴を提起され、原告の主張する日時に原告敗訴の判決言渡を受け確定したことは、当事者間に争いがなく、この事実と<証拠略>を総合すれば、

(一)  昭和四八年八月初旬頃、佐々木はしめの子でありその代理人である佐々木進と詐称する訴外渡邊利夫から、佐々木はしめ所有の本件不動産を担保にするからと佐々木はしめに対する金借の申込を受けた原告会社の取締役副社長の西塚策郎は、同人及び原告会社の使用人の菊地春雄において本件不動産を見分した上右申込に応じて一、五〇〇万円貸与することとし、右渡邊に対しとりあえず一五〇万円と、金円借用証並に根抵当権設定契約書、委任状の各用紙を交付したこと、

(二)  然るに渡邊は、借主佐々木はしめ及び連帯保証人佐々木進名義の金円借用証(<証拠略>)並に佐々木はしめ名義の根抵当権設定契約証書(<証拠略>)及び委任状(<証拠略>)を偽造し、更に同人が佐々木進の代理人として仙台市役所から交付を受けた佐々木進名義の印鑑証明書の氏名欄のうち「進」とあるを消去して「はしめ」と書換え、生年月日欄に「昭和」「17」年「4」月「7」日生とあるを右各「」内を消去して「大正」「3」年「1」月「27」日生と書き換え、押印欄に押捺されている印影のうえに右偽造にかかる金円借用証等の佐々木はしめに使用した印鑑と同一の印を押捺したうえ、朱の×印で消除しその上段に改めて右印鑑を押捺して佐々木はしめ名義の印鑑証明書(<証拠略>)を偽造し、同年八月三〇日右各書類を原告に交付したこと、

(三)  而して、右各書類を真正なものと信じた原告は、右同日、渡邊の求めに応じて前記西塚が渡邊と共に、同人の債権者訴外本多修一方に赴き、同所において八〇〇万円を本多に対し交付して、同人から同人が有していた本件不動産のうち土地についての所有権移転請求権仮登記及び建物についての訴外仙南信用金庫名義の根抵当権設定登記の各登記抹消に必要な書類並に本件土地建物の権利証の交付を受けたのち、渡邊と共に佐藤義勝司法書士事務所に赴き、同所で同司法書士に対して本件不動産に対する前記根抵当権設定登記申請の依頼をし、右依頼を受けた同司法書士は右登記申請の添付書類の確認をした後、同日、前記渡邊の偽造にかかる根抵当権設定契約証書、委任状及び印鑑証明書並に原告の委任状、本件土地建物の権利証を添付したうえ、同人の事務員をして、仙台法務局に前記根抵当権設定登記申請をなし、同局係員において同日これを受付けたこと、

(四)  右司法書士事務所で待機していた西塚は、右事務員から登記申請が受付けられたとの電話連絡を受け、渡邊に対し、一、五〇〇万円の貸付金から前記交付済の九五〇万円及び右貸付金に対する月四分の割合で貸付期間三月分の利息一八〇万円を差引いた残金三七〇万円を交付したこと、

(五)  その後、登記官は右申請に基き、前記登記をなしたこと、

(六)  然るに、原告は弁済期を経過するも佐々木はしめから前記貸金の弁済を受けられなかつたばかりか、同人から前記根抵当権設定登記の抹消登記手続請求の訴(仙台地方裁判所昭和四八年(ワ)第七〇八号)を提起されて敗訴し右判決が確定し、一方、渡邊は原告から前記金員の交付を受けた後所在不明となり、結局原告は右合計金一、三二〇万円を渡邊利夫に詐取されたものであること、

(七)  ところで、前記印鑑証明書の押印欄には三個の印影があり、うち一個は仙台市長の印鑑証明専用の公印をもつて消除され、うち一個は前記のとおり印影が二重のうえ朱の×印で消除されていること、また、前記偽造された氏名欄、生年月日欄は、注意してみれば従前記載されていたものを削り落したうえ、改めて書き直したものと判別できること、

(八)  仙台市では、印鑑証明書の押印欄に二ケ以上の印鑑を押捺したときは、昭和四三年六月一〇日制定の「仙台市印鑑事務取扱要領」により、証明以外の印影は公印で消除する扱いをしていること、

を認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。もつとも、証人西塚策郎は、最後に交付した三七〇万円は、前記登記が受理された旨の連絡を受けてこれを交付した旨証言するが、<証拠略>によつて認められる昭和四八年八月三〇日当時の仙台法務局の登記事務処理の状況によれば、登記申請の即日処理は行われてなかつたものと推認できるので、同証人という受理とは、登記申請についての調査、記入・校合が終了した意味での受理ではなく、受付の意味と認めるのが相当である。

二  右認定の事実によれば、原告は渡邊利夫から右の合計金一、三二〇万円を詐取されたものであるところ、原告は、原告が右のように渡邊に金員を交付し同人から右金員を詐取されたのは、仙台法務局登記官が原告らからの右登記申請受理に際して要求される、いわゆる形式的審査義務の履行を怠つた過失により右申請書に添付の書類のうち「佐々木はしめ」名義の印鑑証明書が偽造の印鑑証明書であることを発見できずに右申請の登記をなしたためであるから、原告は右登記官の過失により右金員の損害を蒙つたものである旨主張するのでこの点について判断するに、先づ当事者から登記の申請がなされた場合の登記手続完了に至るまでの経緯についてみるに、不動産登記法四七条、四九条、五一条、六一条、不動産登記法施行細則四七条等の諸規定と証人斎規三雄の証言によると、当事者から登記の申請がなされた場合は登記官においてこれを受付け、「受付帳に登記の目的、申請人の氏名、受付の年月日及び受付番号を記載し、申請書に受付の年月日及び受付番号を記載」する、いわゆる受付手続をなし、右受付手続が完了した後右申請書類を調査し、申請どおりの登記をなすべきか、申請を却下すべきかについて審査し、不動産登記法四九条各号のいずれかに該当する事由の存するときは、申請人において即日補正した場合を除き、申請を却下し、審査の結果申請どおり登記すべきものと決せられたものについては登記簿に登記の記入をなし、更にその後登記簿の記入が申請と相違ないか否かの再点検の校合手続を経て登記を完了し、登記原因を証する書面(又は申請書の副本)に不動産登記法六〇条一項の手続をなして右登記済証を登記権利者に還付して登記手続を完了するものであるが、当事者からの登記の申請があつたときは、受付の前後が権利の優劣に重大な関係を有する関係上、登記官は必ずこれを受付けて前述の受付手続をなすべき義務があるものであつて、この受付の段階においては、登記官はたとえ申請書類に不備な点等があつても必ず受付をなすべきものであり(この点については本件登記後のものではあるが昭和五二年九月三日民三第四四七三号法務省民事局長通達「不動産登記事務取扱手続準則」五四条参照)、登記官において審査権を行使して申請の適否を審査するのは受付手続完了後の調査の段階においてはじめてなされることとなるものである。

ところで、本件において、原告において渡邊利夫に詐取された前記の合計金一、三二〇万円のうち九五〇万円は本件登記申請が仙台法務局になされる以前に既に原告から渡邊に交付されているものであることは前記認定のとおりであるから、右の九五〇万円を詐取されたことが仙台法務局登記官の過失の有無と全く関係ないものであることは明らかであり、また残金の三七〇万円も本件登記が受付けられた段階で原告が渡邊に交付しているものであること前記認定のとおりであるところ、登記官は前述のように登記申請があつた場合は申請書類に不備があると否とを問わず必ず受付をなすべき義務があるものであつて、申請書類中に不備なものがあるとしてもその受付を拒否することができないのであるから、不備な書類の添付された申請書類を受付けたとしてもこの点について登記官には何らの過失も存しないものというべく、したがつて本件根抵当権設定登記の申請が受付けられこれが受付けられたことを確認して原告が渡邊に三七〇万円を交付したからといつて、右金員の交付が登記官の過失によるものと云えないのはもとより、たとえ、その後の手続において登記官に過失があつたとしても、右金員の交付が登記官の右過失によるものでないことは明らかであるから、右金員の交付と登記官の過失との間に因果関係は存しないものといわなければならない。

してみると、本件登記申請受付後の調査、記入、校合の段階において、仙台法務局の登記官に原告主張のような過失があつたとしても、右の過失と原告が渡邊利夫から合計金一、三二〇万円を詐取されたこととの間には相当因果関係がないものであるから、登記官の過失により右の金員を詐取されたことを前提とする原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないものといわなければならない。

三  よつて原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤和男 瀧川義道 竹花俊徳)

物件目録 <略>

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